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執筆者の写真秋山妙子

山河あり


私は子供の頃からなぜか戦争に異様な興味を持っていて、戦争といっても東条英機やゼロ戦、歴史といったことじゃなく、市民がどういう目にあってどう死んだか、ということに特化して各国で生き残った市民の手記を読み、東京大空襲の代表作家、早乙女勝元の全集を父にねだって買って貰って読んでいた。


秋山家は本に関しては図鑑だろうが全集だろうがなんでも買ってくれたので、私にとっては嬉しかった。


そこで親の目の前で子どもがどういう殺され方をしたのか、子どもの前で親がどういう目にあったのか、各国のそんなことを何度も何度も読んでいた。


(引き寄せが発動してたら、私は既に死んでいる案件ですけど、元気に生きてます)

他の国の人はどうしてあんな残酷なことができるんだろう、日本人はやさしくてそんなひどいことはしないから、日本人でよかったね、と母親に言ったら、日本が対戦相手の市民にしたことを恐い口調で話されて、相槌も打てないほど驚いた。

だからといってはなんだけど、今、外に桜が咲いて、緑が濃くなって、家に閉じ込められていようと子どもは健康だし、生きたまま焼かれることもなく、また誰かが急に家に入ってきて暴行の限りを尽くすこともなく、今後経済がどうなっても、なんとか助け合って生きていくしかないだろうくらいにしか考えていない。

大学を卒業して働き出してから、毎月決まったお金を自動引き落としにして国際ナントカに寄付しているだけで、あとはアフリカやイスラム教の国の人が大量に死んでも、情報を眺めるだけで自分のことしかしてこなかった。

今も同じ。出るなと言われたら出ないようして、注意を払いながら、あとは命定めみたいなものを見ているしかない。

実際自分が命の問題でリアルに苦しみ出したら、人の顔を蹴飛ばしてまで助かろうとするだろうなと思う。私は自分を、意識や善行の前に、ただ肺呼吸をしないと生きていられない雌の動物だと思っているので、その時までは静かに健康に配慮し、家で静かにしていながら、自分のできることをしていようと思っています。

お客様が完全に途絶えたら、職を変えてもいい。私の技術はどこででも提供できるし、喜ばれる。食いぶち用の職種を他に選んでも、生きていける。


ほそぼそ、営業しております。

というわけで、大切な人を守りつつ、気になる人には連絡を取りつつ、今日も良い日に!





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